信頼があれば記憶を読む必要はない。『9 -nine- ここのつここのかここのいろ』感想

この記事はセンシティブな表現を含むコンテンツの感想です。
趣旨を理解する方のみ続きを読むからご覧ください。

『9 -nine- ここのつここのかここのいろ』をプレイしました。

ある日、YouTubeでこんな動画がおすすめ欄に表示されていました。
このところノベルゲームとは無縁の日々を送っていたはずですが…と訝しみながらも見てみると(今にして思うとこの時点でコンテンツに吸い寄せられていた)物語の空気感やキャラクターの関係性、そして声優の実力が存分に詰め込まれた紹介ムービーで驚きました。
このシリーズにはプレイヤーが手に取りやすくなる工夫が随所に施されており、久しぶりにノベルゲームをプレイする私でも安心して遊ぶことができました。

とにかく手に取りやすいノベルゲーム

『9シリーズ』は『ぱれっと』のノベルゲームです。シリーズには4人のメインヒロイン候補がいて、そのメインヒロインごとに作品が発売される、という形式が取られています。

その他にも様々な特徴があります。

  • ヒロインの数(≒シリーズの総数)が4人と明確である
    (トゥルーエンドが4作目にあたるのか、5作目にあたるのかは一旦棚上げしましょう)
  • 発売周期が1年と明確である
  • 各作品が3,000円という低価格で、かつプレイ時間が抑えられている
  • パッケージがスリムで色使いも白を基調とした爽やかなものである

特にパッケージの装丁はコアなユーザーには見過ごされがちですが、清楚さを演出してライトなユーザーも手に取りやすいものになっています。こういった様々な特徴がノベルゲームを購入するという心理的なハードルをグッと下げています

SNSとの親和性も高く、周期的に発売されることで過去のツイートや過去作品のYouTube動画が浮上してくるという仕組みには舌を巻きました。特に新海天(沢澤砂羽)のキャラクター性(と演技)がSNSとの相性が抜群で購入への決定打となった人も多いのではないかと思われます。

テキストはこれらのコンテンツの方向性に合わせてコンパクトにまとめられており、不要なシーンや台詞が特に見当たらず、配慮が行き届いています。しかし、その一方で説明不足に陥っていたり、登場人物が向き合わなければならない心の問題が置き去りになっているなど、続編があるというコンテンツの特徴を正しく理解せずにプレイすると不満が残るかもしれません。

コンパクトな物語に対して、発散気味の世界設定

連作である以上、物語の根幹はシリーズの後半になるまで明かされません。その影響で『ここいろ』単体では風呂敷を広げすぎたように見えてしまっています。また、プロットだけを追っていくとあっさりとした終わり方をするためキャラクターの心の問題や関係性にあと一歩踏み込みが足りない印象があります。それでも、コンテンツとしての魅力と次回作への期待は抜群で追いかけてみたくなる作品です。この記事では次回作『そらいろ』や近日発売の『はるいろ』をより楽しむために、世界観や翔を取り巻く関係性について思ったことを書き残しておきます。

この先はネタバレが含まれています!
プレイ済の方は、一緒に考察を楽しみましょう。
未プレイの方は、ぜひ遊んでから戻ってきてください。

物語を発散させる『枝』という概念

アーティファクトについて、ソフィーがこのように語る場面があります。

4/29(金)
「正確には、自分を扱える人間のそばに移動する。世界すらも超えて」

もう一点、このようにも語っています。

5/8(日)
「私は枝分かれした可能性を知ることができるの。アーティファクト、『世界の眼』の力によって」

ここで難しいのは『世界の眼』の解釈です。このアーティファクトは世界を「見る」ものであって「移動」するものではありません。一方で、アーティファクトは世界を超えて「移動」してしまいます。ここでの『世界』には二通りの解釈が考えられます。

  • 『ソフィーの世界』と『翔の世界』という意味での『世界』
  • 『枝』と『枝』という意味での『世界』

アーティファクトの「移動」は前者で、『世界の眼』で「見る」のは後者であると考えるのが自然ではありますが、これらが混同した解釈や第3の解釈が提示された途端に物語が発散することは念頭に置いて向き合うのが懸命と思われます。

というのも、私はアーティファクトが『ソフィーの世界』と『翔の世界』を移動するだけでなく、『枝』と『枝』の間も移動するのではないかと疑っています。すると、ソフィーにとってはどこかの『枝』でたった一度でもアーティファクトを回収できれば目的を達成できることになります。これは例えば、エンディングで都にアーティファクトを預けていますが、これは石化した都から『所有権を剥奪する』アーティファクトを回収しているため特に急ぐ必要がないという見方につながります。

他にも、世界の可能性を見ることができるソフィーはすべての『枝』で実質同一の存在であると考えるとどうでしょうか。すると、ソフィーは都を見殺しにしたとも、魔眼の持ち主をすでに知っているとも、アーティファクト回収は本来の目的ではないとも、そして何よりソフィーにとって翔たちの人生は決して一度限りのものではないとも言えてしまうのです。

このように『枝』の概念を許すことで物語が発散します。ソフィーが生きているのはそういう世界観で、それを第三者の視点から眺める私たちもこの世界観に則って物語に向き合う他にないのだと思います。

本筋とは離れますが『ここいろ』ではソフィーはゴールデンウィークに現れません。恐らく他の『枝』で忙しなくやっていると思われるので、そこにも注目したいですね。

翔のアーティファクト

言い伝えでは白蛇様が戦争を終わらせるといいます。『輪廻転生のメビウスリング』では白蛇様は聖女様と呼ばれており、聖女様のアーティファクトの力で異世界のゲートを開いて邪悪なアーティファクトをそこに封じるという筋書きになっているようです。

そして、これは物語における翔の役割と一致しています。翔はソフィーを通して『魂を焼く』アーティファクトを異世界に返却しましたね。

アーティファクトの能力を自覚できないのは、九十九神社の神器が翔のアーティファクトでこれが壊れた状態にあるからとか、実はソフィーがアーティファクトそのもので、能力を自覚させるかどうかが自由意志に委ねられているからなどと考えられます。『ここいろ』の時点では全く断定はできませんが、物語を左右する重要な設定であるため可能性は考えておいてもいいでしょう。

作中で言及されている通り、新海の海が巳(へび)であると白蛇様との繋がりを示唆していますね。天のイメージカラーが白であることも白蛇様との関連を思い起こさせています。

翔と都の温度差

翔と都の在り方が大きく異なることを示す印象的な会話があります。

4/20(水)
「九條はそういう状況で適当なことを言うやつじゃないってこと」

「私の人間性を信じてくれたの?」

「ああ、そうなるかな」

この「人間性」という言葉に決定的な解釈の差があるように思われました。翔は都の振る舞いを見て分かる「冗談は言わない」程度の意味しか含めていなくて、そこには都が心に抱えている「正義感、責任感」という意味は含まれていません。しかし、理解ではなく同意を求めていた都はこの言葉に助けられて翔に惹かれていきます。

そして、この温度差は決定的なすれ違いを生みます。

4/30(土)
「ごめんなさい……新海くん。いつも新海くんの気持ちを無視してしまって
新海くんが手を引きたいと考えているなら、私もーー」

「九條の信念を曲げさせたら友達にすらなれないような気がしたんだ
行けるところまで行ってみよう。どこまでも付き合う」

この頃にはお互いがお互いのモチベーションを正しく理解しています。しかし、その上で同時に譲歩してしまったために、お互いが更に一歩踏み込んで理解し合う機会を失ってしまいました。これ以降、翔が都の信念に言及したり、都が信念を主張することは大きく減ったように思います。

私は、翔は都の弱みにつけ込んで懇ろな関係を築いたという見方をしています。一方で、翔は都の抱えるものを正確に理解した上で勘違いして突貫してはならないと理解していました。それにも関わらず突貫したのは、記憶を覗かれたことで都を尊重して我慢する理由が失われてしまったためであり、男の子としては可哀想な役回りだとも同情します。

物語にも尊重されなかった都の信念

『ここいろ』には、都が炎の能力者を殺害したという事実を知った上でそれを翔と都の2人で乗り越える展開が含まれていません。この点は『ここいろ』に対する大きな不満です。

BADとGOODの差異は翔がこの事実を知っているかどうかだけで、都の翔に対する好意には大した差がないと思っています。それよりも問題だったのは翔がその事実を隠していたことです。都が翔の記憶を読んだときの都の反応は2つのルートで全く同じベクトルであり、好意がそのまま表出したか、裏切りと捉えたかの違いでしかありません。

この後、都が道行く人々の記憶を読み続けたのは自然なことです。最も信頼していた翔でさえ隠し事をしていたのですから、全てを疑うようになっても不思議ではありません。そして、周囲の人々の記憶をすべて読んだのならば人付き合いに意義など見いだせなくなり、いつも一緒にいる友人に対してもどこか素っ気なくなったのは当然の帰結です。最終的に、都は自分自身が抱いていた信念を拠り所とする他なくなってしまったのです。

裏を返せば、信頼があれば記憶を読む必要はありません。OPで「この世界は、キミを、「」した、世界だった。」とありますが、敢えて空白を埋めるならば私は「信頼」という言葉を当てたいと思っています。

しかし、私はGOODエンド後に都が翔の記憶を読まない保証はないと感じています。それは「炎の能力者を殺害したという事実を知った上でそれを翔と都の2人で乗り越える」ような信頼を築く出来事が欠けているからで、間接的な殺害による罪の意識と戦わない限りアーティファクトの重要さに気が付くことができず、安易に力を使ってしまう傾向は続くと思います。

私は翔が都に真実を告げるかどうかで物語を分岐させて、2人でその事実を乗り越えていくという物語であって欲しかったと思っています。それならば、都は翔の記憶を読むことは決してなくなるでしょう。

新海天(沢澤砂羽)というキラーコンテンツ

この物語の清涼剤であり、そして最も動向が気になるのが新海天というキャラクターです。新海兄妹の関係性は絶妙で、天は合鍵を持っているにも関わらず居座り続けるようなことは決してしないし、都に気遣って身を引くなど妙なところを弁えています。

また天のキャラクター設定もツボを抑えています。
都とゲームセンターのクレーンゲームをするシーンでゲットしようとしているプライズは恐らくFF14のサボテンダールームランプと思われます。つまり、天はMMORPGをプレイし、興味を持ったゲームが偶然R18ゲームで、アガスティアの葉という掲示板に入り浸るという側面を持っているのです。

天のキャラクターボイスを担当する沢澤砂羽さんの演技も秀逸です。全体的に前のめりな間の取り方で、自分の台詞さえ食い気味でかかります。ノベルゲームではあるキャラクターの台詞が後続のキャラクターの台詞を食うことはできないので、自分の台詞を食う方向性はノベルゲームという限られた表現の中でとても有効に機能しているように思いました。

天が主役となる次回作『そらいろ』での彼女の動向が楽しみで仕方がありません。

編集後記

随所に光るものがあって、久しぶりのとてもよいゲーム体験でした。『ここいろ』についてはプロローグという立ち位置をよく理解して、その上で楽しむことが重要です。物語の不満点は『そらいろ』や、それ以降の物語で補填されると思ってこのシリーズを遊び続けたいなと思っています。

この記事を書き終えたので安心して『そらいろ』を開けられます。やったね!

2019/5/6 追記
『9そらいろ』の感想を書きました!

コメント