天は物語に存在を許されなかった。『9 -nine- そらいろそらうたそらのおと』感想

この記事はセンシティブな表現を含むコンテンツの感想です。
趣旨を理解する方のみ続きを読むからご覧ください。

『9 -nine- そらいろそらうたそらのおと』をプレイしました。

2018年の10月頃、何気なく秋葉原のソフマップを歩いていると展示されているディスプレイでこんなPVが流されていました。

飛び抜けてカッコいい楽曲だと感じたことを覚えています。OPやBGMはそのゲームを構成する立派な要素で、カッコいい楽曲が似合うゲームはカッコいい内容を持つゲームであるはずです(コンテンツとしてまとまりがある作品に限りますが)。

後日、前作にあたる『9ここいろ』をプレイしましたが想像通りのとても良いゲーム体験でした。一方で、新海天のキャラクター性と前述のOPの方向性が噛み合わないことに気がついて、果たして『9そらいろ』では天のどのような側面が描かれるのかと心待ちにしていました。

発売スケジュールとコンテンツの相性の良さ

『9シリーズ』はコンテンツとしての完成度が非常に高いシリーズです。価格やプレイ時間が抑えられており、爽やかなパッケージの装丁と合わせて大変手に取りやすくなっています。また、連作であるという特徴は不満を次回作へ持ち越す効果があり、長くゆるやかに遊び続けられる仕組みが整えられています。

そして『9そらいろ』をプレイしてよく機能していると感じた仕組みが1年周期の発売スケジュールです。2作目となる今作では立ち絵だけでなくBGMも追加されており、また気付かないところでシステム面の改修も行われているはずです。開発に長い期間を費やせる環境が整っており、立ち絵やBGMなど『9シリーズ』の資産が年を追うごとに増えていく仕組みになっているのです。

これらの資産はSNSとの親和性も高く「『9-nine-ここのつここのかここのいろ』あらすじムービー」のような声優(沢澤砂羽)を最大限に活かした動画や各種宣伝の素材として有効に活用されています。4作目が出る頃にはどれだけの膨大な資産になっているのか楽しみですね。

『新海天』というキャラクターにフォーカスする物語

前作のメインテーマは翔のキャラクター性でも都の正義感でもなく、アーティファクトや枝の概念などの舞台設定であったように思います。それは『9ここいろ』が1作目でプロローグに該当するためですが、今作では明確に『新海天』のキャラクター性がメインテーマとして据えられています

その一方で、前作の感想でも指摘した通りキャラクターの心情にあと一歩踏み込みが足りないところがあります。天は『9シリーズ』の他のキャラクター達と比べて明らかに綿密に作り込まれています。それが天の台詞の一つ一つでは存分に発揮されているのですが、他のキャラクターとの関係を表すシーンではそれらがどうも活きていないように感じました。

この先はネタバレが含まれています!
プレイ済の方は、一緒に考察を楽しみましょう。
未プレイの方は、ぜひ遊んでから戻ってきてください。

言葉に対して敏感な天

『新海天』というキャラクターを語るにかけて、まず始めに触れるべきは天の言葉に対する敏感さです。翔と天のこのようなやりとりを覚えているでしょうか。

翔「俺の監視で忙しいとか暦が悪いとか」

天「なに暦って」

翔がソフィについて語る場面で、天は即座に暦という表現にツッコミを入れています。彼女は決して暦という言葉を理解できないわけではありません。ただただ、その不明瞭な言い回しに対して「それは何?」と疑問を持つことができるキャラクターなのです。

天の言葉に対するこだわりはこれだけに留まりません。

  • 天のアーティファクトを見た翔はそれを『ブレスレット』と呼びますが、天は『バングル』であると訂正しています。他にも『半ズボン』を『ハーフパンツ』と言い直したりしています。
  • 翔に何をしているのかと聞かれて「練習というか、実験というか、訓練というか」と自分のやっていることを正確に伝えようと努力しています。
  • ソフィとの会話は受け手が持つ知識によって聞こえ方が変わると知ったときに、ではソフィという名前はどこに由来するのかと気にしています。
  • 白蛇様は地域では『しろへび様』と呼ばれるが、沙月だけは『はくだ様』と呼ぶことに気がついたのは天です。

このように天は文章や発言から機微を読み取る力に長けており、そんな彼女の発言は一つ一つがとても繊細です。

天「ああ、違う違う。彼女じゃない。彼氏彼氏。お兄ちゃんホモだから」

これは都に作ってもらうご飯の材料費を出してもらうための発言で、とても印象に残るギャグシーンです。しかし天の翔に対する好意と言葉に対する敏感さを知ると捉え方が変わって「嘘でも翔に彼女ができたということを言葉にしたくなかった」という心情が透けて見えてきます

天は言葉の重みをどこかで理解しています。見に覚えのないアクセサリーが手元にあるという超常の現象に対する不安も、翔と都に言葉にしてもらうことで明確な輪郭を帯びて安心感を覚えていました。そして何より、天はアーティファクトの能力を言葉で発動させています。思い出してみてください。彼女はゴーストの存在を消すときにこう発言しているのです。

天「お前なんかーー!消えちゃえ!!」

選択を許さない秀逸な『選択肢』

ソフィーティア「情緒不安定な人間を支えるのは、とても難しい。話が支離滅裂になって、会話自体が成立しなくなることだってある。逆に感情が乏しくなって、外的刺激にまったく反応を示さなくなることもある。気をつけなさい。ソラの心が折れれば、消えてしまいたいとでも願ってしまったらーー。きっとあなたも、ソラを忘れる」

精神疾患を患う人と会話をすることの難しさを端的に表したとても良い台詞です。そしてこのような会話が発生してしまうほどにこのときの天の心は弱っています。そんな中、天は翔に対して彼女にしてほしいと懇願してきます。翔は、そして私たちプレイヤーはその懇願を「受け入れる。」ことも「受け入れない。」こともできるのですが、プロローグで翔が天のことを忘れてしまっているように必ず一度は「受け入れる。」ように作られています

「いやいや、何を言っている。ゲームとしては『選択肢』が提示されているではないか」と言う方もいらっしゃるでしょう。しかし、天が消えてしまうかもしれないという焦燥感、心の不安を煽る文章、成人向けゲームであるという特色、それらすべてが一体となって天を受け入れざるを得ない、これはそういう『選択肢』なのです

その後、翔と天は夜を共に過ごします。このとき翔は、そしてプレイヤーは翔と天が兄妹であることを初めて意識します。妖艶な姿を晒す天にインモラルを感じながら禁忌に足を踏み入れる葛藤と戦い、それでも最後は天を忘れてしまうことに大きな後悔を覚えるのです。

この不可避の選択肢を乗り越えた先にあるのが翔の叫びです。

翔「ずっと隠してたことを、胸に秘めていたことを、そんなつもりで口にしてんじゃねぇよ!お前の大事な大事な気持ちをっ、そんな後ろ向きな考えで口にしてんじゃねぇよ!そういうことはっ、そういう大事なことはっ!元気になってから言え!」

これは安易に消えてしまいたいと願った天に対する叱責であると同時に、私たちプレイヤーの安易に走る選択に対する叱責でもあるのです。このテキストは心が弱っているときに大事な判断をしてはならないと力強く主張をしています。

ちなみに「受け入れない。」の後に天は「お腹、すいたぁ……!」と「寝る!なんかだるい!」と発言しています。これは3大欲求の性欲から食欲と睡眠欲に上手に転換できた例で、『9ここいろ』と同じように実はどちらの選択肢も本質的には差異がありません。それでいて物語を好転させている秀逸な分岐であると思いました。

『天』であることを物語に許されなかった『新海天』

「受け入れる。」選択をしたインモラルなルートの『天』を見て皆さんはどのように感じたでしょうか。MMORPGやR18のゲーム、掲示板などの文化に精通していて、言葉に敏感で、奔放に見えて大事なところを弁えている。その一方で秘めた思いを持っており、とても心配性で甘えたがり。心は脆く、不安な状況には耐えられない。変態

私はこの『天』をとても魅力的なキャラクターだと感じています。ところがこのルートで『新海天』はアーティファクトの能力で消えてしまいます。これはとても示唆に富んでいて、『新海天』は『天』であることを物語からもプレイヤーからも期待されており、『天』であることは許されていないということを示しています。『天』の立ち位置はギャグとボケ、ツッコミであって、シリアスではない、と。

作品に望まれない『天』は『9シリーズ』の中に存在することができず、今後も『新海天』が作品に出演し続ける限り『天』として本当の気持ちを翔にぶつけることは決してないでしょう

「受け入れる。」後の天は天自身が自覚できないレベルで消えてしまったのかは不明です。もし天に自意識が残っていたのならばその後をどう過ごすのかは気になる。

またしても尊重されなかった香港映画に至る道のり

このゲームには衝撃的な香港映画のシーンが含まれています。18歳未満は閲覧できない程の迫力のあるシーンで『9そらいろ』というコンテンツの主軸となるシーンでもあります。

しかしこの大事なシーンにであるにも関わらず、翔と天の心は通っていません。翔が天に想いを寄せる描写が描かれておらず、私はこのシーンに一切納得ができませんでした。もちろん描かれていないのではなく、そもそも翔は天を女性として見ていないことは明らかです。それでも、私は翔が本気で天に想いを寄せるようになって欲しかったと思っているのです。

このとき翔はゴーストを殺害してしまったことの罪悪感に押しつぶされてしまいそうになっています。それが原因で良く眠れていないことも天に見透かされています。

天「おいおい〜、あたしはにぃやんの寝顔を撮り続けていた女だぜ?その嘘は通用しませんな〜」

天は翔に寄り添って、それこそ言葉で翔の認識を変えていくことができたはずです。前作の都も今作の翔と同じ殺害の罪悪感を抱えていましたが、同様に解決されることはありませんでした。本当に立ち向かうべきテーマを2人で解決するからこそ信頼が生まれるのであって、その手順が尊重されないところが物語に踏み込みが足りないと思う一因です

エピローグも天の一方通行で2人の関係性の行く先が見えませんでした。もし双方向の信頼が出来上がっていたならば、いつかは社会的に許されないことに立ち向かわなければいけないけれど、今は青空のもとで一緒に歩いていこうという素敵な終わり方になっていたと思います。

天と都の微妙な関係性

天は都が翔にハンバーグを作りに来たときに「2人きりだったら恋人気分を味わえたのにね」と言う一方で「あたしがいるから下心を悟られずに済んでいる」とも言っていて、翔を応援するべきかどうか決めかねる複雑な感情が見え隠れしています。しかし都のご飯を食べて、この人ならば翔を諦める理由になると思ったのか『9ここいろ』では天は翔から完全に身を引いています。

この日の最後に天が放った一言は、そんな都に対する精一杯の負け惜しみだったのでしょう。

天「にぃににみゃーこ先輩は無理だと思う」

動き出す舞台設定

今作でも翔のアーティファクトがどのようなものか分かりませんでした。しかしヒントは示されています。

翔「やはり、予知のような力が必要だ。未来を見て、適切な選択をし、望む結果をたぐり寄せる。そうすることができれば、俺に敵はいない」

これは私たちプレイヤーが行う①物語を見る、②選択肢を選ぶ、③セーブ/ロードでやり直すことに対応しており、翔がプレイヤーの干渉を受けることができるといった趣旨のアーティファクトである可能性が出てきました。これはメタ的な能力であるためソフィーティアにも認知することはできません。叙述トリックとしては使い古されている感はありますが、大事なのはこの仕組みでどのような展開がされるかなので気にする必要はないと思います。

与一についても何か重要な役割を与えられているようです。前作の感想でこのコンテンツには全く無駄がないと評しましたが、どうやら登場人物についてもそれが当てはまるようです。与一は前作で翔と都が能力の検証をしている場面に不自然に立ち会っていたりするので、比較的素直に受け入れられました。

編集後記

どうして成人向けゲームの感想を書いているのかと自問したことがあります。単純に完成度の高い秀作は他にも数多く存在します。しかしこの『9シリーズ』にはコンテンツとしての工夫が随所に施されており、ノベルゲームという斜陽な市場(先鋭的なゲームデザインの発展や、VRなどのインタラクティブな技術の発展で海外を中心に風向きが変わってはいますが)を支える気合で満ち溢れています。

それを最前線で楽しんでみたくなった、というよく分からない理由です。もちろんノベルゲームとして純粋に楽しんでおり、物語の最後まで見届けたいなと思っています。

コメント

  1. ナリア より:

    とても深く作品を読み込んでいて、他の方の感想と一線を画す面白さでした。はるいろはるこいはるのかぜの感想待ってます。